しゃべらない

いつものように幼稚園に送りに行ったとき、
園長先生に呼び止められる。
「ユリは幼稚園が楽しくなさそうだ。
そのことについて話し合いたいのでご主人と一緒に来てください」
ほんの立ち話ではなく、きちんとアポを取らされた。
一体話って何?
おそるおそる聞いてみると「フランス語のこと」だと言う。

約束の日、家族総出で面談に行く。
園長先生、担任の先生を交えて話し合い。
内容はやはりフランス語のことで、
ゆりちゃんが幼稚園で全く何もしゃべらないと言うのだ。
フランス語はもちろん、日本語ですら何も言わないと言う。
担任の先生にいたっては、
ゆりちゃんが先生の話を理解していると思えない。
まわりの子のやることを真似しているばかりだ。
フランス語を覚えようという気がないとまで言った。

「小学校に入るともっと勉強が大変になる。
このままでは小学校にあがってから困るだろう。
インターナショナルスクールや日本人学校という選択も
考えてみたらどうか?」

日本語セクションのあるインターナショナルスクールも
日本人学校もわりあい近くにあるのだが、
近いといったって車でなければ通えない。
そういう学校に通うつもりがある人は
初めから学校の近くに住まいを見つけるのだ。
我が家はそのつもりがなかったから、
スクールバスの停留所もない今の家に決めた。
我が家はめったにないチャンスなので、
現地校に通わせたい。
フランス語についてはこれから勉強するので、
もうしばらく答えを待って欲しい旨伝えた。

いつも幼稚園は楽しいと言っていたゆりちゃんだけど、
フランス語で話しかけられなくてぽつんとしている姿が
目に浮かんでくる。
私の知っているゆりちゃんとは、別の姿が幼稚園にあった。
家では次々と片言のフランス語を覚えて披露したり、
隣のおじさんに大声でボンジュールと挨拶したりしているのに。
先生の言うことが分かるかどうかは前から気になっていたので
たびたびたずねていたが、
「わかるよ」と言っていた。
それは多分本当なんだと思う。
先生にはそう見えなかったのだろう。
ゆりちゃんは真似だけでしのぐような子ではない。

いろいろ思うところはあったが、
小学校に入れないのでは困るので、
できるだけの手を尽くすことにした。
できるところまでやってみて、
どうしても学校が要求するようなフランス語のレベルにならない、
または
ゆりちゃんがもうフランス語はいやだと言う
ことになれば考え直すことにしよう。
フランスに来て半年、
我が家がようやくフランス語習得作戦に目覚めた日でもあった。