迷子事件

この事件はタイヤパンク事件ガス漏れ事件と並び、
フランス滞在中の三大事件に入ると思われる。

時は不明確であるが、もう夏も近い頃だったので、6月あたりか。
いつものように小学校と幼稚園のお迎えに向かった。
お迎えの親たちでごった返す校門前。
バカンスを間近に控え、みんな浮き足立っているように見えた。
終業時間のベルが鳴り、子供たちがどっと出てくる。
私はまず幼稚園の馨を迎えに行ったあと、小学校前でゆりちゃんを待つ。
そこでもーふぃーぬのママに会い、「ユリは進級できそう?」なんて話をした。
いっしょにいたもーふぃーぬの弟たんぴんがらんちゃんとふざけている。
そこまではみな共通した記憶だった。

まもなくゆりちゃんが出てきて、さあ帰ろうとしたら、らんちゃんがいない。
いつもじっとしていない子なので、その辺でうろうろしているのだろうと思うが、
だんだん人が引けてきて人ごみがまばらになってきたが、らんちゃんが見つからない。
どこに行ったんだろう?幼稚園か小学校の中に入っちゃったかな?
探してもいない。
校門前は非常にフラットな場所で、人さえはければさえぎるものは何もない。
ほとんど人影のない校門前にらんちゃんの姿もない。
小学校横の道を見ると遠くにもーふぃーぬたちの姿が見えたので、
もしやくっついていってしまったのでは、とゆりちゃんに捜しに行かせる。
帰りかけていたもーふぃーぬのママはいっしょにいないと言うではないか。
「校門前にいっしょにいたわよね?私も覚えているわよ。
ずっといたのにいついなくなったの?」
校門前に戻ってきてくれる。

「やばい」という気がしてきて、みんなで焦って探し出した。
幼稚園の横の道も見るが、それらしき人影がない。
まだわずかだが帰りがけの親子連れがいたので、もーふぃーぬのママが
「三つ編みをした小さな女の子を見かけなかったか」と聞いてくれる。
手がかりなし。
もーふぃーぬのママがもーふぃーぬのパパに電話して、
近くの大通りを探すよう頼んでくれた。

慣れた学校前ということで油断していた。
いくらなんでも来ている親の顔を全員見知っているわけではない。
不審者がまぎれていてもわからない。
あわよくば子供を連れ去ってしまおうと思う悪い輩もいるだろう。
通っている子供は先生が親に直接手渡しして犯罪予防しているが、
一緒に連れてきている下の子供にはそういう配慮はない。
らんちゃんは見た目にも小さくてお人形のようなので、
かわいいと連れて行ってしまったのかもしれない…。
どうしようか、こんなところで自分の子供をなくしてしまったら。
最悪の事態が頭をよぎる。

そこを通りかかった車の女性、「あっちにいたわよ、三つ編みの女の子、
jardin d'enfantの前よ」との情報。
もーふぃーぬのお姉ちゃんが走っていって連れてきてくれる。
どうやら校門前の人の流れに巻き込まれてあれよあれよという間に
幼稚園の外れまで流されてしまったらしい。
本人は親とはぐれたことに気がついているのかいないのか、ぽわんとしていた。

「気をつけなきゃダメよ、ラン!本当に心配したんだから…!!」
いつもは物静かなもーふぃーぬのママに強い調子で言われて、
初めて事の重大さに気づいたのか、らんちゃんは泣き出した。
もーふぃーぬのママも泣いていた。
私は脱力していた。
最悪の事態を免れた安心感、そして
自分のことのように親身になってくれたもーふぃーぬ一家、
全く知らないけれど助けてくれた第三者。
ものすごい力が自分の周りに働いているような気がした。

もっとも、これは本当にラッキーな結末を迎えただけであって、
それ以降私自身の子供の管理が厳しくなったのは言うまでもない。